イラン社会が含む問題:適応するのか譲れないのか

最初の一ヶ月は異文化体験でとても楽しい。ただ、それからの数ヶ月は自分が文化に適応するにつれて、その社会に居場所がないことがはっきりわかるようになり、果てしない孤独を感じる。

日本に留学していた留学生が、1年間の留学期間の終了を間近に控え、言い放った言葉です。

いつでも「ガイジン」ということで括られ、日本語を勉強しているのに英語でしか話しかけてもらえないといった、微妙な立ち位置で過ごしたことを非常に残念がっていました。

僕は正直イラン社会で「外国人であること」の殻を破ることはできないと思っているので、個人的に「being ガイジン」問題に問題意識はありません。ただ、そう心得ていても、外国人としてこの社会で生きることは時に大きな課題になります。

あるドイツ人留学生の嘆き

その人は女性で、ドイツで人類学を専攻して学生生活を過ごし、イランに興味を持って語学のために留学しに来ました。人類学を勉強しているということで、イラン社会に対しての興味もあるみたいですが、たまにイラン社会それ自体への愚痴をこぼします。

それは、主にイランでは女性であることを常に意識しなければいけないということでした。

ドイツと比べれば、女性はスカーフを被らなければいけないというように大きな規則の違いがありますが、彼女が文句があるのは法律などのような大枠ではなく、主に社会の女性への対しての考え方についてのようです。

例えば、イランでは、喫煙者の多くは男性で女性はかなり少数派です。イラン人女性で喫煙しているところは公共の場では見たことがありません。少数派の喫煙女性たちは、人の目を避けるようにしてよく見えない路地裏などで喫煙するようにしています。

その留学生は喫煙者ですが、公共空間でない、家のバルコニーで喫煙をするときでさえ「人に見られること」がはばかられると言います。というのは、少しでも外に見えてしまうと、見物人が集まってくるとのことで大騒ぎとのことです。だからいつもタバコを吸いにバルコニーに出る時には、床に這って外から見えないように対策をしているのだそうです。

公共の場での喫煙もかなり厳しい状況のようなので、できるだけムスリムの少ない、キリスト教徒居住区の地区のカフェが好きだなんて言っていました。ほんの数百メートル先でもだいぶ心持ちが違うとのことです。

セクハラ問題での嘆き

未婚女性へのセクハラの話もよく聞きます。ツワモノの中には既婚の女性に迫る人もいるのだとか。

外国人=自由社会から来ている=放埓というイメージが払拭されていない、または物珍しさからなのか、二人きりになりやすいタクシーの車内などで不必要な質問や誘いを受けるケースが多いようです。そのため、外国人女性の中ではタクシーを利用するのはなるべく避けて、公共交通機関を使うように心がけてるという人もいます。公共バスでもハラスメントがないわけではないですが男女が分離されているし、接触の機会は減ります。

また、ストリートハラスメントというものもかなりシビアな問題です。性別と人種は大きな要因で、聞きたくないことを言われたり、あまり気持ちのいいものではありません。この点においては男女間での大きなハラスメントというケースはあまりないみたいですが、人種に関してはかなりの割合です。僕自身もそういった経験をしない日がありません。また、人種の場合ハラスメント行為者は男女関係なく、ほとんど同じ割合で外国人に対して投げかける感触です。慣れるには慣れますが、個人的に譲れない部分もあるので許せない点もあります。

まだ社会が未熟だという実感

欧米的価値観(例:自由)などと異なる価値観を持っていることはわかります。ただ、本当に基盤となっている価値観や、道徳はどこに行っても人間として共通のものがあると信じています。

ただ、それを信じていることで、例えば人種差別的なことを言われたり、暴言を言われた時、寛容な社会が未熟であることを感じます。ほとんどのケースは多少の悪意はあれど、重大な意味はない、無知からくる、軽率な発言に過ぎないのですが人によっては大きな痛みを伴うものになるかもしれません。他の価値観を持った人の存在のことをもっと知ることができれば、こういったことは防げると思います。そのためには教育などが必要でしょうが、少々そこらに対して不足している面があると感じます。

国家的行事の際に標語にもなってる”Down with USA”「アメリカをぶっ潰せ」という標語は、あくまでも、アメリカ政府自身を指していてアメリカ人個人を指しているわけではないと思いますが、時にそう行った標語が外国人個人への差別を助けています。そういった意味で、ヘイトスピーチが国によって推奨されているような状況になっているのは大きな問題だと思います。

外国人が他の国にただ文句言いに来たわけではない

「そんな国が嫌なら帰ればいい」真っ当な意見に聞こえます。ただ、文句だけを言いにこの国に来たわけではありません。それぞれの事情があるだろうし、私たちの考え方と相容れないこともあると思います。全ての社会が完全であるわけではないし、日々ここにいる留学生たちは「この国にはこういった問題があるけれども、私の国にはこう行った問題がある」といった切り口で議論しています。

こういった経験をして、自分の国に帰った時にどう持ち帰れるか、最近の日本でのヘイトスピーチ問題などを考えていて、思っただけにまとめてみました。日本でのケースを考えてみても、在日イラン人への先入観などは根深く存在し、それらを反省する機会にもなりました。

他人を尊重できない問題というのは譲れない部分です。

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